2017年9月29日 更新

僧侶「三浦性暁」による役に立つ法話 『十五夜(中秋の名月)』〜月愛三昧(がつあいざんまい)〜

都会の駆け込み寺『寺カフェ代官山』。仏様の智慧をヒントに共に悩み、語ることで心の安らぎを共にしたいと願う、お坊さんのお話をお届けします。今回は“十五夜(中秋の名月)“のお話しです。

『十五夜(中秋の名月)』〜月愛三昧(がつあいざんまい)〜

9月も終わりに差し掛かり、秋の気配も色濃く感じられるようになりました。
「彼岸花」が咲き乱れ、秋本番。

また、秋と言えば「十五夜(中秋の名月)」、お月見を連想する方も多いと思います。

今年の十五夜は10月4日だそうです。

これは収穫を喜び感謝する意味があり、ススキを飾るのも稲穂に似ているからと言われています。
さて、仏教にも「月」に関わるお話は多々あるようですが、中でも「月愛三昧」は、自らの罪の報いに苦しみ憔悴しきっている極悪人の王様を救うため、お釈迦様が月の光のように優しく包み込み、安心と喜びを与えたというお話です。

月の光があらゆる世界に優しく降り注ぐように、あらゆるいのちに(善人にも悪人にも)注がれるお釈迦様のお慈悲を表しています。
日光のように物事をありのまま照らし出すことを「智慧」と言い、月光のように照らし出されたありのままを優しく包み込むのが「慈悲」です。

暗闇に静かな光を注ぐように、心に痛手を負った人々の苦悩に分け隔てなく寄り添い、静かに抱きしめるのが「月愛三昧」です。
「月影の至らぬ里は無けれども 眺むる人の心にぞすむ」という歌は、親鸞さまのお師匠様に法然上人が詠まれた歌です。

仏さまの慈悲は、いつでも、どこにでも、誰にでも届いているのです。
そのことに気付かない、「今、ここにいる、私」にも届いているのです。

中秋の名月を眺め、自然の恵みに感謝しながら、そっと手を合わせて仏さまのお慈悲にも目を向けてみてはいかがでしょうか?



合掌

三浦性暁 みうらしょうきょう

僧侶となって46年、寺院住職23年の経験、また、布教使として30数年の全国での講演活動の実践と学びをもとに、都市開教に取り組んでいます。

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